植物が健康かどうかを知りたいとき、葉を傷つけずに診断できる方法があることをご存知ですか?それがクロロフィル蛍光計測です。ここでは、この不思議な光の現象を使って植物のストレスを診断する原理について、できるだけ分かりやすく解説します。
1. クロロフィル蛍光とは#

植物の葉に含まれるクロロフィルという緑色の色素は、太陽の光(光エネルギー)を吸収します。この吸収されたエネルギーの行き先は、大きく3つに分かれます:
- 光合成(エネルギー利用):吸収された光エネルギーの大部分は、植物の生長に必要な光合成に使われます
- 熱(エネルギーの放散):余分なエネルギーは、植物を守るために熱として逃がされます
- 蛍光(光としての再放出):ごく一部のエネルギーが蛍光として放出されます。私たちが計測するのはこの蛍光です
**重要なポイント:これら3つのエネルギーの行き先は、互いにシーソーのようにバランスを取り合っています。**光合成が活発なほど蛍光は少なくなり、逆に光合成が滞ると蛍光が増えるのです。
2. 光合成の「スイッチ」と蛍光の関係#
クロロフィルからの蛍光の多くは、光合成の初期反応を担う「光化学系II」から出ています。この光化学系IIには、光合成の電子伝達を始めるための**「スイッチ(QA)」**として機能する部分があります。
スイッチの2つの状態#
スイッチが「オープン」の状態
- 電子がスムーズに流れ、光合成が活発に進みます
- この時、蛍光は最小限(Fo)になります
スイッチが「クローズ」の状態
- 電子が流れにくくなることで、光合成が滞ります
- 余分なエネルギーが蛍光として多く放出され、蛍光は最大(Fm)になります
3. FmとFoの測り方#
Fo(最小蛍光)の計測#
- まず、植物を暗い場所に置いて、光合成の「スイッチ」を全て「オープン」な状態にします
- 次に、光合成をほとんど起こさないほどごく弱い光(励起光)を当てて、その時に出る蛍光の量を計測します。これがFoです
Fm(最大蛍光)の計測#
- その後、**非常に強い一瞬の光(飽和パルス光)**を当てます
- この光は、一時的に全ての「スイッチ」を強制的に「クローズ」の状態にします
- この時に放出される蛍光の量がFmです
4. Fv/Fmの計算と意味#

FoとFmの値を使って、以下の計算を行います:
$$\text{Fv/Fm} = \frac{\text{Fm} - \text{Fo}}{\text{Fm}}$$このFv/Fmは、**植物の光合成が光エネルギーをどれだけ効率よく使えるかの「最大能力」**を示す重要な指標です。
Fv/Fm値の解釈#
- 健康な植物:光合成の効率が非常に高いため、Fv/Fmの値は約0.8前後になります
- ストレスを受けた植物:乾燥、低温、強すぎる光などのストレスを受けると、0.8よりも低くなります
5. ストレス診断の原理のまとめ#
Fv/Fmの値が低いということは、以下のような状態を意味します:
- 光合成の「スイッチ」が開きにくくなっている
- 光エネルギーを効率よく利用できなくなっている
- 植物が何らかのストレスを受けて、光合成の機能が低下している
したがって、Fv/Fmを計測することで、植物が元気かどうか、ストレスを受けているかどうかを非破壊で簡単に診断することができるのです。
まとめ#
クロロフィル蛍光計測は、植物の健康診断における「体温計」のような役割を果たします。葉を傷つけることなく、光を当てるだけで植物の光合成効率を評価できるこの技術は、農業現場での早期ストレス診断や、研究における植物の生理状態モニタリングに広く活用されています。
この記事は、松嶋卯月研究室の植物生体情報センシング研究の一環として作成されました。